AGテキスト「ベルント&ヒラ・ベッヒャ−〜ベッヒャ−派への道〜」
2000.11.11

略歴 
ベルント・ベッヒャ−      
1931 ジーゲンに生まれる。       
1947〜50 ジーゲンで室内装飾画家    
       として修行。
       広告写真家および
       航空写真家としての仕事に従事
1953〜66 デュッセルドルフ美術アカデミ−
       でタイポグラフィ−を学ぶ。  
1961    結婚。  
1976    デュッセルドルフ美術アカデミー
       写真部門の教授に就任。(ベルント)
1990    第44回ヴェネツィア・ヴィエンナ−レ、
       彫刻部門金獅子賞受賞。
       
       ともにデュッセルドルフ在住。
ヒラ・ベッヒャ−
1934    ポツダムに生まれる。
1957    デュッセルドルフに移る。
       写真家を志し修行する。
1958〜61 同美術アカデミーで写真を学ぶ。
1972〜73 ハンブルク造形芸術大学の客員講師。


・正面から撮る   

 ベッヒャ−夫妻は1959年以来、ドイツ国内を始まりに、オランダ、フランス、ベルギー、英国、そしてアメリカなどの国々で、匿名的な産業建造物(採掘塔、給水塔、溶鉱炉、冷却塔、精製工場サイロそして産業時代の住宅)を撮り続けているが、その撮影の仕方は今日まで一貫している。被写体は画面の中心に置かれ少し高めの視点から撮られており、また撮影は、被写体に最も均一に光がまわる曇天の条件下で行われている。画面には、一般の芸術写真によく見られるパースペクティブの強調や、ドラマチックな光の効果もない。こうした特徴は、すべてのことが、被写体の最大限に客観的な視覚的記録を生み出すために配慮されており、それによって、被写体の細部とその存在全体を全面に出すことが意図されていることを示している。これだけ聞くと、なんだかベッヒャー夫妻の写真は産業建造物に関する資料かなんかと思ってしまうが、ベッヒャ−夫妻は「タイポロジー」という作品概念を用いることで、単なる記録の領域を脱している。



・タイポロジー(類型学)


 タイポロジーとは、ある共通のクラスやタイプの構成員をあつめたもの、もしくはその方法を指すが、ベッヒャ−のタイポロジーはあるひとつの種類の産業建造物のいくつかの写真をグリッドの 形に組み合わせて互いに関係づけることによって生まれる写真の複合体、テクストである。被写体を同じ視点、視角で規定して撮ることによって、様々な場所、時代、種類の産業建造物、つまり一点一点の独立した写真を同類の異なる被写体と互いに隣合わせに並べた時に、比較のための共通の文脈の形成を可能にする。要するに、これは、個々の建造物の技術的、形態的な様相を互いに比較することを可能にするシステムである。こうしてベッヒャ−の作品は、形態的、機能的な特徴を、異なった時代あるいは異なった場所や国という差異とともに相互にタイポロジーのテクストにおいて関係づけることによって、全体として19世紀から20世紀をまたぎ、今日、終末に向かいつつあるように見えながら、なお続いている産業時代の地平とそのありかたという不可視的な事態を意識に浮上させているらしい。



・写真家自体の相対化


 「視点と視角」を一定に保つことによって、写真という遠近法的ヴィジョンの基底に絶対的なものとして措定されてきた写真家自体を相対化することが可能になる。というのは、この方法による撮影のプロセスの標準化、法則化が、作者の自由の抑制、そして被写体が主観的な視覚に影響されることへの規制の働きをするからである。ヒラ・ベッヒャ−は撮影に際する主観性に警告を促して、こう言います「あなたの対象に誠実でいなければなりません、そしてあなたがそれをあなたの主観 性によって破壊しないこと、と同時にその対象と関わることを確かめなさい。‥‥」この言葉にも表れている写真家の創作の意志の排除というベッヒャ−の姿勢はモダニズム写真(乱暴に説明すると、作家ありきの写真か?)へのアンチテーゼと言える。



・写真としての芸術


 1990年のヴェネツィア・ヴィエンナ−レでベッヒャ−夫妻にその功績を讃える賞が与えられるが、興味深いことに、それは写真の賞ではなく彫刻の賞として与えられた。写真家の二人が彫刻の賞を受賞したことは、彼らの仕事を理解するうえで、きわめて示唆的である。というのは、彼らの作品では、ベンヤミンが示した写真の問題のひとつ、「芸術としての写真」ではなく「写真としての芸術」の可能性の場が問題になっているからである。「写真」と「芸術」この二つの概念は、独立したものではなく、相関している。ベンヤミンは、「写真は芸術であるか」という問いに対して「写真」によって「芸術」全体の性格が変わったという基本問題を取り上げなければならないと述べた。「芸術としての写真」は、おうおうにして「写真」という固有の領域における独自の芸術という概念を前提としている。それに対して、「写真としての芸術」では、領域に限定されない、芸術一般における写真の可能性が問題であるからである。ベッヒャ−の作品において根本的に問いかけられているのは、かかる性格のものとしての写真のあり方なのである。だから彫刻の賞を受賞したというのは、ベッヒャ−の仕事が正しく評価されているということなのであろう。



           深川雅文「モダニズムを越えて-ベッヒャ−の地平-」より、ほぼ抜粋                   

藤村豪


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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